税理士が相続・事業継承の業務を行う際に必要な経験・スキルを紹介
この記事では、税理士が行う業務の一つである相続・事業承継業務について解説します。
「相続・事業承継業務」は、企業経営者の世代交代を税務面から支援する業務のことをいいます。
先代経営者から後継者へ企業の株式や個人事業の資産等を移転させる場合、贈与税や相続税、あるいは所得税といった税金の論点を避けて通ることはできません。
税理士は、こうした税金の論点を整理し、スムーズな世代交代をするためのサポートを行っています。
相続・事業承継業務とは実際にどんな業務内容なのか、詳しく確認していきましょう。
相続・事業承継とは?
2016年12月に中小企業庁が制定した「事業承継ガイドライン」の17ページによれば、「事業承継とは文字通り「事業」そのものを「承継」する取組」であるとしています。
(出典:中小企業庁ホームページ)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2016/161205shoukei1.pdf
事業承継には、先代経営者が存命のうちに行われるものと、先代経営者の死亡によって生じるものがあり、特に後者を「相続による事業承継」と呼びます。
税理士の業務内容は?
相続・事業承継における税理士の業務内容
相続・事業承継における税理士の業務内容は、「申告書の作成」などのコンプライアンス業務を除くと、大きく分けて次の3つです。
- 事業承継のプランニング
- 事業承継税制適用に向けたアクション
- 相続税対策
以下、それぞれについて簡単に解説します。
事業承継のプランニング
事業承継においては「経営を承継させる時期」と「経営を承継させる相手」の選定が重要です。
これらのプランニングを先代経営者が現役のうちに行っておかないと、これらが何も決まらないまま「相続による事業承継」が生じてしまいます。
企業の顧問税理士は、顧問先の経営状況や経営者の年齢などを鑑みて、「そろそろ事業承継を検討したらどうでしょうか」と経営者に進言し、その後具体的なプランニングを経営者・後継者と相談しながら進めるという重要な役割を担っています。
事業承継税制適用に向けたアクション
自社株式、あるいは個人事業の資産を先代経営者から後継者へ無償譲渡した場合、その目的が事業承継であったとしても、譲渡を受けた後継者に対して贈与税が課税されるのが原則です(相続の場合は相続税が課税されます)。
ただ、これだと事業の世代交代が円滑に進まないことから、平成21年度税制改正で「事業承継税制」という税制が導入されました。
事業承継税制の適用を受けると、事業承継時にかかる税金の納付が猶予され一定の条件を満たした場合はその納付が免除されるというメリットがある一方で、「特例承継計画」と呼ばれる計画の策定など、様々な事務手続きが必要というデメリットもあります。
これらの事務手続きには時間と手間が必要であるため、顧問税理士によるサポートを受けながら必要なアクションを実施していくケースが多く見られます。
相続税対策
企業や個人事業の経営者にとっては相続税対策も重要な問題です。
自社株式や個人事業用資産については事業承継税制で対応するとともに、個人的な財産についても綿密な計画を立案してその計画を実行に移すことで、遺された先代経営者親族や事業の後継者が受ける税負担を少しでも減らすことも、顧問税理士の重要な役割の一つです。
相続・事業承継業務を経験できる税理士の転職先は?
国際的な大手税理士法人
国際的な相続・事業承継業務を経験したいのであれば、4大監査法人(いわゆるbig4)のメンバーファームである次の税理士法人のいずれかへ転職することをおすすめします。
- KPMG税理士法人
- EY税理士法人
- デロイトトーマツ税理士法人
- PwC税理士法人
これらの税理士法人はクロスボーダーな相続・事業承継業務に関する依頼を受ける機会も多いため、相続や事業承継を担当するチームにアサインされることができれば豊富な経験を積むことが可能です。
もっとも、これらの税理士法人で活躍するためには税務に関する知識と経験だけでなく英語力も必要になる点にはご注意ください。
税務に関する知識・経験と英語力に不安がある場合は、英語の自主学習をしつつ、まずは国内の大手税理士法人や相続税特化型の税理士法人で経験を積んだ上で、これらの国際的な大手税理士法人に転職するのも手です。
国内の大手税理士法人
国内のうち規模の大きな相続・事業承継業務を経験したいのであれば、国内の大手税理士法人へ転職することをおすすめします。
国内の大手税理士法人として、たとえば次の法人が挙げられます。
- 辻・本郷税理士法人
- 税理士法人山田&パートナーズ
- アクタス税理士法人
- 税理士法人ゆびすい(大阪)
- アタックス税理士法人(名古屋)
なお、これらの大手税理士法人は、相続・事業承継業務だけでなく幅広い税務業務サービス(例:法人の顧問業務、申告書作成業務、個人所得税の対応業務)を提供していることから、自ら希望しないと相続・事業承継業務を担当できない可能性がある点にご注意ください。
これらの税理士法人で相続・事業承継業務を担当したい場合は、転職時の面接で自らの希望を伝えるようにしましょう。
相続税特化型の税理士法人
相続税法改正によって、2015年(平成27年)1月1日以降に相続や遺贈により取得する財産に係る基礎控除額が引き下げられました。
これを受けて、税理士業界では「相続税対応」の市場が拡大し、近年では相続税に特化した税理士法人がいくつも存在するようになっています。
相続税に特化した税理士法人の例は次のとおりです。
- 税理士法人チェスター
- 税理士法人レガシィ
これら相続税特化型の税理士法人に転職するメリットは、相続・事業承継業務に関する依頼を受ける量が多いことから、相続・事業承継業務について多くの経験を積むことが可能である点です。
一方で、こうした特化型の税理士法人ではどうしても業務経験に偏りが出ることから、「将来は自分の事務所をかまえて町医者的な税理士を目指したい」というキャリア志向を持つ方には、相続税特化型の税理士法人はおすすめできません。
小規模な税理士事務所・会計事務所
小規模な税理士事務所(税理士法人)や会計事務所の場合は、顧問先や商工会議所の会員である中小企業から相続・事業承継に関する相談を受ける可能性があります。
小規模な税理士事務所や会計事務所のクライアント(主に中小企業)は、大手税理士法人や相続税特化型税理士法人のクライアント(大企業や中堅企業)に比べると企業規模は小さいものの、中小企業経営者の高齢化が進んでいる状況(※)を鑑みると、中小企業の方が相続や事業承継について切実な問題を抱えているように思われます。
この点、小規模な税理士事務所や会計事務所に勤務して、中小企業の相続・事業承継問題を解決することができれば、中小企業が所在する地域に大きな貢献をすることができます。
「地元の経済を活性化させたい」「地元に何かしらの貢献をしたい」という志向を持つ方には、小規模な税理士事務所や会計事務所はおすすめの転職先です。
(※)中小企業庁 2020年版中小企業白書より
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/chusho/b1_3_2.html
金融機関その他
税理士法人や会計事務所以外に相続・事業承継業務を経験できる業種として、銀行や信用金庫といった金融機関や、地方自治体があります。
ただし、金融機関や地方自治体ができることは、事業承継に関する制度の紹介や融資面でのサポートといった補助的・間接的業務にとどまるため、相続・事業承継業務に直接的に携わりたいと考える方は、税理士法人や会計事務所に転職するのがよいでしょう。
相続・事業承継対応業務に必要なスキルと経験は?
必要なスキル
相続・事業承継対応業務を行う上では、資産税(相続税・贈与税)に関する知識は必須です。
税理士試験で相続税法を選択していなかったとしても、この分野で活躍する税理士には税理士試験で相続税法を選択した人も多くいることを考えると、少なくとも税理士試験の相続税法に合格できるレベルの知識がないと十分な対応は難しいでしょう。
また、相続・事業承継対応業務を行う過程で、相談者が個人事業主であれば民法、企業経営者であれば会社法と民法を参照することも多いため、これらの法律に関する基礎的知識も必要です。
その他、意外と重要なのが「高齢者の話を聞くスキル」です。
相続・事業承継対応業務の主要なクライアントは高齢になった事業(企業)経営者であるため、高齢者の話を聞くスキルがなければ、いくら税法や私法に精通しているとしてもうまく相続・事業承継プロジェクトを進めることができません。
高齢者の話を聞くスキルには、たとえば「話を遮らない」「話がループ状態になったらさりげなく本論に戻るよううまく誘導する」「突然怒り出しても冷静に対処する」といったものがあります。
このスキルに関しては介護の分野でいくつか参考書が出ています。
普段高齢者との接点が少ない方は、これらの参考書を一読してからクライアント面談に臨むことをおすすめします。
必要な経験
事業承継や相続税対策は、税務業務の中でも特にコンサルティング色が強い分野であるため、申告書の作成や一般税務相談と比べると税法や参考書に「正しい答え」が書いていないことも多くあります。
正しい答えがない中で道しるべとなるのは、自身が過去に経験した業務です。
「このケースは過去の○○社のケースと似ているな」「去年、◎◎社のケースでは経営者へこういう提案をして喜ばれたから同じ方針で提案してみよう」という引き出しが多ければ多いほど、クライアントの要望に確実かつ素早く対応することが可能です。
もっとも、最初からこういった経験を持っている人はいないため、最初は上司や先輩が受けている相談を見ることで少しずつ経験値を蓄えていくことになります。
得られる経験値は、概ね経験回数に比例するため、相続・事業承継対応業務を専門にしようとお考えの方は、相続・事業承継対応業務の相談が多い事務所に転職するとよいでしょう。
税理士資格は必要?
税理士の無償独占業務(税務代理、税務書類の作成、税務相談)を行う場合は税理士資格と税理士登録が必須です(公認会計士の方であっても、税理士登録を行う必要があります)。
一方、他の税理士のアシスタントとしてこれらの業務の補助的役割を果たすことや、無償独占業務に該当しないコンサルティング業務などは、税理士資格を有しない人でも行うことが可能です。
相続・事業承継対応業務は、申告書の作成や税務相談と比べるとコンサルティング色の強い業務です。
こうした業務でものを言うのは「資格」ではなく知識と経験であるため、相続・事業承継対応業務を自分の強みにしていきたいとお考えの税理士受験生の方は、ぜひ税理士資格を保有していない段階からこれらの業務に取り組むことをおすすめします。
まとめ
以上、税理士が行う業務の一つである相続・事業承継業務について解説しました。
相続・事業承継業務は企業経営の将来を左右する重要な業務です。
この記事を読んで、相続・事業承継業務に携わりたいと思った方は、相続・事業承継業務の対応実績が多い税理士法人や会計事務所への転職を考えてみてはいかがでしょうか。