国際税務の仕事内容や税理士に必要な経験・スキル紹介
この記事では、税理士が行う業務の一つである「国際税務」について解説します。
日本企業の海外進出が現在ほど進展していなかった時代において、税理士の業務は圧倒的に国内税務が中心でした。
しかし、大企業だけでなく中小企業であっても海外に工場や店舗を持つ現代においては、税理士の業務に占める国際税務の比重は過去とは比べ物にならないくらい増加しています。
以下の3点について詳しく解説します。
- 国際税務の主な業務内容
- 国際税務の業務を行うにあたって必要となる経験やスキル
- 国際税務の業務を経験できる転職先
国際税務に興味がある税理士の方はぜひ参考にしてみて下さい。
国際税務の主な業務内容
主な業務内容
国際税務の主な業務内容は次の5点です。
- 移転価格税制対応サービス
- クロスボーダーM&A対応サービス
- 日本の所得税に関するサービス
- 恒久的施設(PE)の検討サービス
- ローカルファイル等の作成支援サービス
それぞれの内容を順に解説します。
移転価格税制対応サービス
「移転価格税制」とは、同一の国際的企業グループに属する企業間で国境をまたいだ商品やサービスの移転取引が行われる場合に、その取引価格が通常の取引価格(独立企業間価格、Arm’s length price)で行われたものとみなして法人の所得を計算する制度のことをいいます。
商品等が移転する価格に関する税制であるため「移転価格税制」と呼ばれ、英語ではTransfer Pricingや、頭文字を取ってTPと呼ばれます。
移転価格税制は税務調査で更正処分を受ける金額が巨額になりやすいのが特徴です。
これまで、武田薬品工業が大阪国税局から数百億円の追徴課税を受けたケースや(その後全額取り消し)、ホンダが東京国税局から数十億円の追徴課税を受けたケース(同じくその後全額取り消し)などがありました。
近年では、企業側の税務リスクを軽減するため、国際取引が独立企業間価格で行われたことを示すためのベンチマーク分析や移転価格文書の作成を税理士法人に依頼することが一般的であり、この依頼に応じて分析や文書作成を行うことが税理士法人の移転価格チームの主要な業務の一つとなっています。
クロスボーダーM&A対応サービス
国境をまたいだM&Aに関する税務論点の対応も国際税務の主要な業務の一つです。
具体的には、「アメリカの子会社を香港の会社に売却したいと思っている。
どこの国でどういった税金が発生するのか教えてほしい」といった問い合わせや、「シンガポールに新しく作る統括会社に日本親会社が持っている中国法人とタイ法人の株式を移転させたいと思っているが税務上気をつけるべき点はあるか」といった相談を受けた場合に、それぞれの国の税法や租税条約を参照しながら適切な答えを導き出すのが主な業務です。
日本の所得税に関するサービス
外国法人や非居住者である個人に対して使用料や報酬などを支払う場合、それが所得税法に定める国内源泉所得に該当する場合は、支払の際に所得税を源泉徴収して国へ納付する必要があります。
国内源泉所得に該当するかどうかの判断が難しいケースについて、所得税法や通達、場合によっては租税条約を参照しながら適切な答えを見つけるのが主な業務です。
また、日本に駐在している外国人や、外国に資産を持っている日本人の個人所得税の確定申告を行うことも、税理士が行う日本の所得税への対応業務の一つです。
恒久的施設(PE)の検討サービス
国際課税においては「PEなければ課税なし」というルールがあります。
これは、事業の拠点となる恒久的施設(Permanent Establishment、PE)がなければその国における事業所得については課税しない、という国際的な課税ルールです。
ある国における事業活動で生じた所得についてその国で課税を受けることになれば、企業にとっては申告納税手続の負担が新たに生じることになります。
また、その国で納税した税金の全部を日本の法人税額から控除(外国税額控除)することができない場合は、同一の所得についてその国と日本との間の二重課税が生じてしまいます。
このように、恒久的施設の有無によって企業グループの負担が変わってくるため、企業がその国において行おうとしている投資計画や事業計画が「恒久的施設有り」と認定されるリスク(これを「PE認定」と呼びます)の有無を調査をして欲しいという依頼を受けることもよくあります。
こうした依頼を受けた税理士は、その国の法令や租税条約を確認して、PE認定されるリスクの有無をクライアントや相談者へ回答します。
ローカルファイル等の作成支援サービス
一定の法人は、BEPS行動計画13(移転価格関連の文書化)を受けて、次の文書の提出または保存が義務付けられています。
- マスターファイル
- ローカルファイル
- 国別報告書(CbCレポート、CbCR)
このうち、マスターファイルと国別報告書は最初だけ税理士法人へ外注し、翌年度以降は自社で作成するという法人も多いですが、ローカルファイルはベンチマーク分析を含むのが一般的であるため、少なくともベンチマーク分析の部分は税理士法人に外注するケースがほとんどです。
税理士は、依頼に応じて文書の作成やベンチマーク分析を実施します。
税理士に求められる経験やスキル
英語力
国際税務に関する業務を行う上で欠かせないのが英語力です。
国際税務の現場においては、クライアントや一緒に働くスタッフが日本語を解さない外国人であることも多いため、彼らと円滑にコミュニケーションをするためには最低限の英語力が必要です。
もっとも、特にジュニアレベルの求人に応募する場合はTOEIC800点~900点程度の英語力であっても大きな支障はないでしょう。
英語力は業務経験を積むことによって身についていきますし、最近では「DeepL翻訳」や「grammarly」といった非常に便利なツールもありますので、求人に応募する時点で十分な英語力を持っていなかったとしても、国際税務の道に進むことを諦める必要はありません。
日本及び海外の税制や租税条約の知識と経験
国境をまたぐ取引における税務上の取り扱いを検討する際は、取引当事者の国の税法だけでなく双方の国の間で締結されている租税条約も参照する必要があります。
たとえば、日本の法人がインド子会社へエンジニアを派遣して技術指導する取引や、同じく日本の法人がインドの弁護士法人に法的見解を求める取引における税務上の取り扱いを検討するためには、日本の税法、インドの税法、そして日印租税条約を確認することとなります。
そのため、国際税務に関する業務を行う税理士には、日本の税制に関する知識はもちろん、諸外国の税制や租税条約に関する知識も求められます。
税理士試験では外国の税法や租税条約については問われないことから、各国の税法や租税条約に関する専門書を読むことや研修に参加することでこれらの知識を蓄積していく必要があります。
文化の違う人達とコミュニケーションする能力
先述したとおり、国際税務の現場においてはクライアントや一緒に働くスタッフが外国人というケースも多くあります。
このようなケースでプロジェクトを円滑に進めるためには、文化の違う人達と上手にコミュニケーションをする能力が求められます。
文化の違う人達と上手にコミュニケーションをするためには、相手を個人として尊重すること、相手の話をよく聞くこと(個人的な先入観や思い込みで物事を判断しない)と、具体的な内容を伝えること(抽象的な話し方をしない)が重要です。
「具体的な内容を伝える」という点について、たとえば自分がプロジェクトオーナーである場合は、「誰がいつまでに何をする」ということを明文化した上で「何をする」という点についても具体的かつ個人的なタスクに落とし込むことによって、文化の違いに起因する感覚のズレを極小化することが可能となります。
このような点に気をつければ、文化の違う人達が関与するプロジェクトであっても円滑に進めることができるでしょう。
資格は必要?
税理士の無償独占業務を行う場合は税理士資格が必要です(公認会計士の方であっても税理士登録をする必要があります)。
国際税務コンサルティングサービスなどを行うだけであれば資格は不要で、実際に税理士登録をせずにサービスを提供している会計士の方もいますが、提供できるサービスの幅を広げたり、応募できる求人の幅を広げるためにも、税理士資格を取得した方がよいでしょう。
国際税務業務を経験できる税理士の転職先
国際的な大手税理士法人(Big4)
高度で専門的な国際税務業務を経験したい方は、「Big4」税理士法人と呼ばれる下記の国際的な大手税理士法人への転職をおすすめします。
- KPMG税理士法人
- EY税理士法人
- デロイトトーマツ税理士法人
- PwC税理士法人
Big4はいずれも世界中の国々に拠点を持つ世界4大監査法人のメンバーファームであり、国際税務の業界では圧倒的な人員数と知名度を誇っているため、国際税務の業務はBig4に集中する傾向にあります。
国際的な事業展開をしている大手日系企業で、いずれの税理士法人に対しても顧問料や相談料を支払ったことがない企業はほとんどないでしょう。
Big4の報酬基準は他の税理士法人と比べるとかなり高いため、Big4のクライアントは高額な顧問料や相談料を支払う力のある大手企業が中心です。
また、Big4で働くスタッフは公認会計士や税理士が多く、年収も他の税理士法人と比べると高い傾向にあります。
準大手税理士法人
大手企業だけではなく中規模の企業に対しても国際税務サービスを提供したいとお考えの方は、準大手税理士法人への転職をおすすめします。
準大手税理士法人の例は次のとおりです。
- BDO税理士法人
- 太陽グランドソントン税理士法人
- AGS税理士法人
国際税務に強い小規模な税理士法人・会計事務所
Big4や準大手税理士法人は在籍する職員の人数が多く、業務も細分化されている傾向にあります。
少人数の税理士法人で幅広い分野の国際税務業務を経験したいという方は、国際税務に強い小規模な税理士法人や会計事務所への転職を考えてみてはいかがでしょうか。
国際税務に強い小規模な税理士法人や会計事務所として、次の法人等があげられます。
- 榧野国際税務会計事務所
- STC国際税務会計事務所
- ケイズ国際税務会計法務グループ
- 海老原国際税務事務所
事業会社
税理士法人だけでなく、一般企業(税理士法人やコンサルティングファームと対比して「事業会社」と呼ばれることも多いです)であっても国際税務業務を経験することは可能です。
転職が一般的になるにつれて、大手事業会社の経理部に監査法人から転職してきた公認会計士やBig4から転職してきた税理士が在籍することも珍しくなくなりました。
コンサルタントとしての立場ではなく、その会社の一員としての立場で国際税務業務に携わりたいとお考えの方は、事業会社への転職をおすすめします。
なお、優良な事業会社の求人は比較的早くクローズすることも多いため、良さそうな求人を見つけたらすぐ応募するようにしましょう。
まとめ
以上、税理士が行う業務の一つである国際税務業務について解説しました。
国際税務は英語が必須であることや外国の税法や租税条約を理解する必要があるなどの点で難易度の高い業務ですが、収縮する一方の日本市場を鑑みると、国際税務の知識と経験を積むことは今後のキャリアにおける選択肢を増やすことにつながります。
この記事を読んで国際税務業務に携わりたいと思った方は、ご自身が担当したい業務に応じて、Big4、準大手税理士法人、国際税務に強い小規模法人、あるいは事業会社への転職を考えてみてはいかがでしょうか。